猫飯屋の女将

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zoom RSS 100歳越えたら、亡くなってもお祝い?…

<<   作成日時 : 2013/01/29 23:59   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 7

その女性は、いつも背中がすっと伸びていました。

サザエさんでいうならば、お母さんのフネさんのように、いつも着物で。

最近まで、買物に出ると、家の近所を背筋を伸ばして、すらすらと歩いていました。

歳を取ってから、パン作りやお菓子作りが好きになったようで、15年前かなあ、散歩の途中に家の裏口から、
「作ったから、おあがり〜(^^)」とにこにこと置いて行ってくれましたっけ。

上手にできていて、ハムの入ったパンや、いろんな形の味付きのパンは美味しかったです。

その後は散歩のみになってしまったけど、背中のまっすぐな感じは、ずっと変わらず。
私が子供の頃から、おばあちゃんと思ってましたが、やはり着物姿だったからかなあ

その当時から、つい最近まで、ずーと伸びた背中をみてきました。

我が家の祖母も明治の人だから、普段も着物を着てる人でした。
夏だけは、あっぱっぱー? ムームー? シミーズ?(全部死語か。笑)を着てましたけどね。

話が反れましたが、先日ね、そのおばちゃんが亡くなりました。
100歳でした。

口頭での回覧が回って、一切のご香料他をご辞退しますとのことでしたので、お通夜にだけ行かせていただきました。

前にブログ友達が100歳近くに亡くなれば、もうお祝いだよんと教えてくれたけど、本当でした。(^^)

ご自宅からの出棺の際に、当地の銘菓に長寿銭と書かれた赤い水引の熨斗がかかったお菓子が配られたんです。

初めての経験だったので、皆さんもビックリ。
身体が弱って病院には入ったものの、かなり近年まで散歩しているのを拝見してましたので、長患いでもなかった様子。

こういう場合はお祝いなんですね…
ちょっと不思議でしたが、なかなかこんなふうには生きられないなあと思うので、いただいたお菓子はありがたく「おごっそさま(食しました)」しました。

おばちゃん、ありがとうございました。(^^)




最近はどうにも式場での通夜が多かったので、ご自宅に伺う洋服がなく、焦りまくりの今日この頃です。
母が普段着でクロっぽいもので良いのだ…とはいうものの、カジュアルな服しかないので、焦る日々。
こんな時のために昔買ったスラックスは、すでにサイズが合わず…(@@;)
職場から来ました〜と言えない私ですので、いちおうの用意は必要。
ちょっぴり寂しい買物ですが、今日もまた別のお宅に伺うための黒いスラックスを買いに走りました…
よそ様のお宅のこととはいえ、しばらく、また落ち着かない日々が続きそうです。



元気で長生きすること…とても難しいですね…








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コメント(7件)

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私の亡くなった祖母も明治生まれで、一人暮らしをしている時はいつも着物でした。毎日規則正しいサイクルで物事をこなしていたので、いつも意識がしゃんとしていましたね。
確かに、100歳まで長生き出来たら天寿を全うした事になるのでしょうね。
ぽちゃ子のママ
2013/01/30 21:25
100歳前後で亡くなったらお祝いをするというのをどこかで見た覚えがあります。
リアルな体験をした人の話を現実に聞くのはさつきさんが初めてです。
どうせなら私も、亡くなった時はお葬式ではなくてお祝いをしてもらえると嬉しいなと思います。
それには、長生きでピンピンコロリじゃないとダメなんでしょうかね?!
※あっぱっぱー、ムームー、シミーズ。笑わせてもらいましたf^^;)
まひる
2013/01/31 11:14
おはよ!
ブログはご無沙汰です。
家の祖母も100歳で亡くなりました。
99歳まで、、朝のお経を続けてた人です。
父と母が別れてから、、3か月お世話になったのです。
耳が少し遠いくらいでとても元気でした。
その3か月が貴重な思い出です。
私もね、生命線、長いんよ。
車椅子になってから、、将来が不安じゃなくなったんだよ。
いろんな選択肢があると。
彼氏な人は手つないで老人ホーム入ろうなんて能天気に言っている。

私も、何かの時の洋服は用意しておかなくちゃ不安な方。
以前のサイズ、、入らないしね。(笑)
さつきさんは矢面に立つこと多いね。
修羅場をくぐり抜けて来てるって感じ。

1世紀、生きるって凄いよね!

betty@@
betty
2013/02/02 06:44
☆かるちさん、こんにちは(^^)

また寒くなりそうですね。
我が家もにゃんこがカイロ代わり。笑
いつも気持ち玉ありがとうございます。(^^)
さつき
2013/02/04 16:10
☆ぽちゃ子のママさん、コメントありがとうございます。(^^)

明治生まれの人は着物のまま通した方が多いですかね…
ねまきも浴衣とか…
そのせいか父も若い頃、ねまきだけは浴衣を着てました。
子供の時からの習慣だったと思いますが、その家にパジャマになりました。(^^)
細胞学的には120歳までは生きられるそうですが、そんな難しいことは無しにしても100歳まで生きたら、やっぱり本当に天寿を全うしたのでしょうね。

おばあさま、着物着用されていたならば、ぽちゃ子のママさんも洗い張りとかして着物を仕立て直すこととかご存じかな…きっと。
リヤカーで金物屋さんが売りに来て、布海苔?(フノリ)を買って煮溶かして、板に壊した着物の生地を張って糊を塗って…みたいな。急に思い出してしまいました。笑
さつき
2013/02/04 16:19
☆まひるさん、コメントありがとうございます。(^^)

私はブログ友達に聞くまで知りませんでした。
それを聞いて覚えていたつもりだったのですが、まさか自分が体験するとは。(@_@)
やっぱりお祝いするんだ…と思うと不思議でしたね。

確かに、ピンピンコロリじゃないと、お祝いとは言えないのかな?(^_^;)
お年寄りの多い地区なので、今はいろんな形式があるものだなあ…とは思います。
それに葬儀社の戦略なのでしょうが、家族だけでとか、音楽で送りますみたいな、なんでもありな時代ですかね…
エンディングノートなるものも売れているそうですから、希望を書かれる方もいるのかな…(^^ゞ

むふふ(^^)、懐かしい単語だったでしょ?ムームーとか。笑
さつき
2013/02/04 16:32
☆bettyさん、コメントありがとうです。(^^)

花のお好きなお祖母様ですかな。
一世紀…そう言われると重いですねぇ…
家の祖母は80歳過ぎまで生きましたが、さすが明治女。
世の中が変わっていくのがおもしろいわ〜と母によく言っていたようです。

私達でさえ、ケーキがバタークリームだった時代から、なんでも食べられる今までを体験してるから、時代の流れ感じますね。(^^ゞ汗
今の子供達は半世紀後、どんな未来を見ているのだろう…

昔の子供時代に年寄りと暮らすことは、今となってはとても貴重な体験なのかも。
今の祖父母さんはお若いですから、少し体験も違うでしょ。(^^)


私の2回目のメンタルが重くなったのは、父よりも先に母が逝くことの怖さだった。
今も怖くないとは言えないけど…
でも、母と二人になってみると、父の晩年が不機嫌だったのは、病気と母の言動もあるのかなと思えるし、夫婦はお互い様なのだろう…と。
だから、手を繋いで一緒に老人ホームに入ろうという方は大切にね。(^_^)V

あのね…親戚の家で、小学生が「おばちゃん、食事の片付けが終わらないから、今、子供達集めて食べちゃうね(^^)」って言う子供はかわいくないよね。(^^ゞ
今は母には嫁はみんなこんなもんだとか言われちゃってるし。私は娘なんですけど。笑
ま、いっか〜笑
さつき
2013/02/04 17:01

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