猫飯屋の女将

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zoom RSS 父の百か日…今だから書けること、その1…

<<   作成日時 : 2010/12/02 16:11   >>

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 11

今だから、書けること…

父の通夜、葬儀には、たくさんの人がお参りに来てくださった。
80歳過ぎても、働いていいという会社で、本人も若い人と一緒なのが、張りあいだったのだろう…

会社の上司で、よくしてくださった方がお見舞いに来てくださったとき、「家では怒ったこと無いでしょう?(^^)」と言われて、答えに詰まった。。。
「まあ、家族には、わがままですよぉ(^^ゞ」と笑って答えるしかなかった。

その方がお見舞いに来たい人がたくさんいるけど、家族が大変だろうから、止めている、と言って下さっていた。

なので、通夜や葬式になったとき、「皆が仕事帰りとか、仕事途中でお参りしたいっていうからさあ、平服でいくけど、ごめんね…」と。

家の宗派は、そういうことにこだわらない、こだわってはいけない教えだし、私達家族も着る物より、お参りしてくださる気持ちが大事、と思ったので、香典とか、何も気にせずお参りにきてくださるようお願いした。

父は、外面がいい…
他のいろんな役もいつまでも辞めずにいたので、そちらの方が多く来るだろうと思っていたが、なんの、会社関係の若い方が、次から次へとやってくる。
そりゃあ、びっくりするほどに!!

その人達へむけていた、優しさや心遣いを家族にしてくれたら…と思う反面、そんなにたくさんの人が来てくれることを、ご近所や親戚の方が見ていることに誇らしく思っている自分もいて、驚いた。(見栄っ張りなんだろうな、私も。苦笑)

病床の枕元で、父に対する文句も、私が受けた酷い仕打ち(自分で思っている)、嫌だったことも、全部して返してやろうと、父の病気がわかるまえから、ずーっと思っていた。

でも、あるお友達が止めてくれた…そんなことしたらダメだよって…

その言葉もあったけど、約半年間の父は家でも病院でも、それなりに人間同士としての会話が出来たので、ある意味最期にむけてのいい思い出も出来た気がした。


遠い病院からの帰り道の「道の駅」で妹と3人で食べたお蕎麦の味とか…

私はいつもしないけど、珍しく漬け物の試食品を端から食べたこととか…

入院先の病院の屋上に下りるドクターヘリを見たこととか…


それから、日にちが経って、百か日。

祖父が長男は怒鳴っておけばいいと言う人だったし、長女も嫁も怒鳴っておけばいいと言う人だった。

父は長男で、祖父(父)に怒鳴られても、大好きな祖母(母)に、抱きしめてもらえたら、もっと違った人生だったのかもしれない。
ただ、昔だったから、現代とは違う愛情表現で、父はほしいだけの愛情をもらってないのかもしれない…と今は思う。
だから「家庭・家族」の作り方を知らなかったんだろうと。

外に向けた親切も優しさも、家族には「俺の言うとおりにすればいいのだ」と聞こえたし、本当にそうだった。

おそらくは、外で人に優しさをあげてきちゃうから、家族には逆にしてもらいたかったんだろうと思う。

なんだか、不憫な父を感じる日も出て来た。

いつも不機嫌で、大きな声では怒鳴らないけど、ぶつぶつ文句しかいわれなくて。
何か聞くと不機嫌で、怒鳴られて。

入院するまで、顔もよくみなかった、声を聞くのも、箸を置く音も怖かった、不機嫌さを見るのが怖かった、
ああ、今日も気に入られない何もできない自分を認識するのが怖かった。


父は、私などに入院の世話をされて、うれしかっただろうか…

お葬式のやり方も、挨拶も、気に入らなかっただろうか…


自分では、やった、やれるだけの力でやった…
生きられる可能性の無い延命治療もしなかった…

あまりに突然の、本当に本当の末期ガンの発覚で、選択肢もあまりなかったから、それを選ばなかった後悔は少ない。

それでも、百か日を迎え、あの時、こうしたら…という思いは、やはりある。



やっと父から自由になった。
でも、父がやっていた分の重荷もある。



できる範囲で、生きていこう……

父が亡くなったら…と、私が思い描いていた想像とは、かなり違うけれど。



赤い落ち葉





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コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
百箇日早いですよね。
病気が発覚してからは目まぐるしい日々だったでしょう…
本当にお疲れ様でした。
私は義祖母の時、節目の法要をこなすにつれ沢山の気持ちのパーツの角が取れ繋がっていき‥気持ちが前に向いた気がする。
さつきさん家族はどうなんでしょうか‥。

貼付けた紅葉の画像がまるで別なものを表してるかの様に感じました。

お体ご自愛下さいませ。
くまとクローバー
2010/12/02 23:27
お父様のお通夜やお葬式にはたくさんの方が参列してくださったのですね。そしてそれを誇らしく思ったさつきさん、やっぱり親子なんですね、なんだか私も嬉しくなりました。
仕返しなんてできないよ。
心の中で思っていてもそれを実際にしたとしてもすっきりするはずがない。
最後にはなんとなくでも気持ちが通じ合ったようでホントに良かったです。
意思の疎通が出来るって今の私からするととっても羨ましいです。
言葉を発して言葉や動作が返ってくるってなんでもないことみたいだけど、とっても大事、嬉しいことなんだなぁ〜って、今毎日感じています。
同じ部屋の他の患者さんが家族と少しずつでも話ができるようになっているのを見て、とっても羨ましくて、涙が出そうになります。

父ね、また肺炎になって熱が出て、苦しそうなの。
この病院、都立病院なんだけど、ここで大丈夫なのかなぁ〜とか思っちゃう。
ノア
2010/12/03 21:55
さつきさん、こんばんは。
お父様の百箇日ですか。、早いですね。
お通夜やお葬式、、たくさんの方に見送られて
旅立たれたのですね。
仕返し、、、私は実は考えたことがあります。
もし父じゃなくて、母だったら、、と。。
距離をおいていた時です。
今は、、母との距離が縮まってきて、正直よかったと思っています。
あのままもし母親が亡くなっていたら、私はずっと自分を責めていたと
思います。
今はできることをしようと思います。
時間が解決してくれたのだな。。そう感じています。
さつきさんも、心の葛藤があったのですね。
仕返ししないでよかったです。
よく頑張りましたね。
今は心にためた思い、、吐き出していきませんか。
今まで我慢していたこと。。もう我慢しなくていいのです。
吐き出していくと、心も身体も楽になると思います。
もし何かどうしても吐き出せない時はいつでも連絡下さい。

ちゃる
2010/12/04 21:32
☆くまとクローバーさん、こんにちは(^^)
お返事遅れて、すまんです。

本当にめまぐるしい日々です…本当はまだ手続きが済んでないものもあるけれど、もう気力があまり残っていません、今は。(^^ゞ
宗派のせいもあり、四十九日も家族だけでしたり、葬儀後のせわしなさがだんだん減っていくので、身も心もだらけてますね。
父のことは、私にとっては、遠い昔に感じますが、時々、ひょっこり帰って来て、また同じ生活が…と不安になることはあります。

今後は、祖父と父の被害者である母との闘いになりそうです。
ドラマ「フリーター家を…」の二宮君のように、母の手にクリームを塗ってやれる気力はないし、子供の頃から母にそういうのをしてもらったこともないし…母は必死で働いたからなんだけれど…。
だから、今ひとつ、父が居なくなったらの想像からはかけ離れた生活が続いていますね。
寒くなると、それを埋めていてくれたしろちゃんが居ないことが痛烈に痛いです。

本当に、落ち葉の写真を選んだのはどうしてか…
今は下を向いて休んでるからなのか、このかさかさした物の中から何かを探したいのか…自分でもよくわかりません。

ボチボチやる…それしかないかなあ…(^^ゞ
くまクロさんも、よくがんばってると思うので、身体に気をつけて。
いつもありがとう。(^^)
さつき
2010/12/07 10:28
☆ノアさん、こんにちは。(^^)
お返事おくれ、てごめんなさい。

その後もお父様は熱が続いているのでしょうか…
少しでも回復されて、何らかの意思表示があるといいですね。(^^)
病院って、悲喜こもごもです…
毎日、誰か来てくれていいな…、家はいつ来るのかな看護師さん。
そんな言葉もよく聞きました。

ノアさんが意思の疎通を望まれる気持ちはとてもよくわかります。
今のノアさんには、しんどい話しですが、家の場合は、ガンが肺に移転して、声が出ないながらの話しでしたし、最後は飲まず食わずで、それで意識がはっきりしているって、やはり残酷だな…と思いました。
お水を…とお願いして、スポンジで含ませても、誤嚥して危篤になる可能性の方が高くて、じゃあ、細かい氷ならとか考えたけど、その方がもっと危ないですよね。(^^ゞ

私は、聞こえなくても、部分的な声を拾って、うんうんと聞こえたように話しを合わせたけど、妹ははっきりしてるから、ノートにあいうえおを書いて、ボールペンで指して!なんてね。笑
ボールペンは書きにくいから、鉛筆を3本というのが、最後の会話になりました。
何を書きたかったのか…半年の間にも何も書き残していないので、ずっと家でがんばって生きるつもりだったのだと思います。

ここの病院で良いのか…それは患者の家族にはとても気になりますよね。(^^ゞ
でも、信じて待ってあげてね。
ノアさんの心はお父様に届いていると思うので。
ノアさんもお母様も、気が張っているから、動けます、だからこそ、休息を。(^^)
さつき
2010/12/07 10:44
☆ちゃるさん、こんにちは。(^^)
お返事おくれて、すみません。

仕返ししたい…って、大抵はお嫁さんとかが思うものなのかな。苦笑
なんて思うけど、実の親に…と思う人も現代ではたくさんいると思います。
そして、もしも仕返しをしても、後悔するのは、ずーっと後だと思う。
私のカウンセラーは、仕返しとは違うかもしれないけれど、辛かったことは言葉で伝えてもいい気がします…と言ってくださいました。
それで、距離やわだかまりが減って最期に向かって行けるなら…という状況下だったからだと思いますけれどね。(^^)

前にもちゃるさんとはこの話しはしたけれど、憎んでいても、その時には必死で、やらなければいけないことは、やれるようにできています。
だから、今、ちゃるさんが良い意味でお母様との距離を縮めていることも必然だと思います。
そうしていると、また嫌な部分も見えてしまう…それでも、やるべきときがきたら、きっとちゃるさんもします。
だから、あまり深く考えることはないんだなあ…と今は思う。(^^ゞ

今までの何かを埋めるとか、そんなことではなくて、本当にご自身が書かれているように、今できることを、出来る範囲ですることが一番だと思う。
その中から、いろんな思いがお互いに生まれるかもしれないので。
ただ、年寄りはどうしても頑固です。笑
その点を少しだけ引いて考えられた、ばっちりだと思います。(^^)v

今は、結構疲れちゃって。(^^ゞ
本当に年末はぼつぼついきます、たぶんもう文句言われないと思うし?笑
さつき
2010/12/07 10:54
こんにちは^^
百か日ですか。
その時間にさつきさんは何を思ったのでしょう。
今、お父様が不憫に思えると言う気持ちも出てきたのですね。
やはりお父様は外ではお優しかったんでしょうね。
人間、陽と陰がありますよね。
家の父も外面の良い人でした。
亡きお父様にはなるべく良い念を送ってあげてください。
お父様もある意味犠牲者だったのかも。。
でも負の連鎖はここで断ち切りましょう。
父があって母があってさつきさんがある。
それは凄い”縁”なんだと思います。
家は父のところを出て来て平和になりました。
新しい関係になったと思えます。
不器用な人だと思います。
でも私にとっては唯一の父ですから。
お父様の良かった所…誇りに思っていいと思います。
心の中で一緒に歩んでくださいw
                 betty^^♪
betty
2010/12/07 16:18
☆bettyさん、お返事おくれてすみません。(^^ゞ

なんだろう…お葬式もその後の手続きの多さも、今は落ち着いてきて、とても疲れています…だから、逆にものすごく遠くに感じていたものが最近は少し近く思い出せるようになりました。
母と父の話をしていても、時々は、悪口で終わりますが(笑)、それでも、伴侶である母の思いと、娘である私の思いは、言葉は同じでも微妙に違うのかもしれませんよね。

おっしゃるように、父もまた祖父の被害者だったことは間違いないと思います。
ただお酒を飲めば、ハイになったり、安定剤になったりで、自分だけ外で楽しんだり、自由にした部分もあると思うので、良しとしてもらわないと、家族としては納得いかないところもありますかね。(^^ゞ笑
私も母も旅行というものに行ったことさえないですから、その分、父は気晴らしをしたんだろうし、その罪滅ぼしに、たくさんのおみやげを買ってしまうのだろうし…

本当は、じっくり落ち着いている時に話せたら、母よりも、ずっと相談に乗ってもらえたのかな?と入院中には思いましたが、それもお互いが最後へ向けての思いやりというか、微妙な気持ちのやり取りだったような気もします。

冬は母の喘息があるので、いろいろと不安です。
今までも父には頼らなかったし、逆に病気の母より父に気を使う毎日からは開放されました。
でも、心のどこかでは、私が動けないときは…という甘い期待も持っていたのかもしれませんね。
半年の分ですが、嫌だった思い出に勝るものは、もらえたようにも思うので、それは大切にしていきたいなと思います。

いつも助けていただいて、ありがとうです。(^^)
さつき
2010/12/09 15:46
落ち葉の写真、すっごく綺麗(^-^)~

そかそかぁ。。。
お父さんにも葛藤があったのかなぁ。優しくして貰いたいけど、素直になれないし、そんなこと言えないし、モヤモヤして、不機嫌になってしまって、いつの間にかそれが日常になっていて。。。

メンタルの病気ではないけれど、近い思いを経験したことある人は多い気がするな。でも、時代や境遇的に、病気になる余裕もなかった。。。

いやぁ、摂食障害に関しては、ほんと、贅沢病だし(;_;)

難しいな、難しいな(>_<)

でも、もう終わったことだもの。悔やんでもしょうがなくて、毎日お仏壇に手をあわせたり、いろんな人に優しくしたり、それで良い気がするにゃ(^-^)

こん
2010/12/22 02:49
☆めぐちゃん、こんにちは。(^^)

訪問ありがとです。
冬はスキーツアーのお客様をさばいてるのかな?(^^)
なかなかブログ巡りまでいけなくてなあ…
走ってる?
寒くなったので、身体に気をつけてね。\(^O^)/
さつき
2010/12/22 11:21
☆こんさん、コメントありがと。(^^)

そうだなあ…今でいうなれば、父は確実に心の病気だね。
そのための酒だったろうし。。。そのための外飲みや旅行だったと思う。
そして、病気の母や私と対峙することが怖かったんだろう。
でも、自己中で、自分だけは特別な人という意識は高かったから、迷惑かけた人もいると思う。

もう終わったこと…こんさんの言ってくれていることは、しごく当然で、理解できる。
だけど、生活・人生の大半をそれだけで生きてきてしまったので、終わりにすることイコール、私の存在価値が無いという不思議なループの中に今はいるんだ。(^^ゞ
自分の人生だから、自分で決めて、自分の好きにしていいのだとカウンセラーは言うけどね、人生半分そうじゃなかったら、ここから先の半分で、自分を探すのって、とてもしんどいな、今は。
だから、少しずつ進むことしかない。
もうしばらくは、この中にいないと、自分が無くなってしまうので。
ただ、前には進むつもりでいる。

えっと、摂食障害は、贅沢病ではないと思う。(^^ゞ
こんさんも、そこを理解して、越えて、その向こう側にある別のものを、ぼんやりとでも見つめていけるようになるといいなと感じてる。
私は良い見本ではないけど、心の問題はそんなに簡単にクリアできないという見本にはなれるかな。笑
そして、治ることよりも、折り合うこと、が大切なのだと思うよ。
私達、そういう意味で、がんばろうぜ。(^^)v
さつき
2010/12/22 11:24

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