猫飯屋の女将

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zoom RSS 鳥の亡骸…

<<   作成日時 : 2009/02/17 14:59   >>

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ギターのもの悲しい調べの代表のように、「禁じられた遊び」というのがある。
曲は知っているけれど、映画は観たわけではない。
「禁じられた遊び」と調べてみると、ウキペディアにあらすじが載っていた。

私達は小学生の頃、道で死んでいる小動物などのお墓を作っていた時期がある。
友達の近所にお寺があり、その裏がお墓だったのだ。
面と向かって、門から入るのはためらわれるが、川沿いの堤防から、その墓地の中に入れるのだ。
まあ、子供だから、そんなところから入るのだが…

墓地は日陰で、木が鬱蒼としていて、雰囲気がある。
その一角に、死んでしまった小動物とか昆虫を埋めて、お墓を作るのだ。

それがどういう意味でしていたのか、よくわからない。
子供心に可哀想とか、そのままにして置いてはいけないと思うのか、
はたまた、川沿いから遊びに行ける墓地に埋めることに意味があったのか…
ただ、死んでしまったものは、埋めてやらなきゃいけないというのが本当のところだったようにも思う。

映画のように、十字架で飾ろうとか、別の意味に変わっていくことはなかった。


大人になってから、ある日、夢を見た。

朱の柱のお堂のような建物の奥に、朱の柱と木の板の道がある。
水芭蕉を見に行く尾瀬の板の道のように、水の上に作られていて、その両側にはきれいなあやめなどが咲いている。
その奥には、朱の柱と屋根があり、壁はない建物にたくさんの人々が、静かに、でも、どことなく楽しげに集っているのだ。
とても暖かくて、気持ちがよくて、きれいで…
天国なのかな? (^^ゞ(夢の中で思う)

夢から覚めて、無性にその場所に行ってみたくなった。
だって、そこはどう考えても、子供の頃、川沿いから土手を上がって、遊びにいった、あのお寺だったからだ。
今、行ったら夢のままの場所があるのではないか…そんな不思議な気持ちがしたのだった。(不思議…)

夢なんて不思議なもので、それが何を意味するとか、調べた学者さんもいるけれど、すべてがそんな説明に当てはまるとは私は思っていないな。。。。f(^ー^;


最近、よく、鳥の亡骸も拾う。。。。拾う必要もないのだけれど、なぜか「そこに置いておけない、連れてかえらなくては…」と思うのだ。

いと、あはれなり…

うーん、そんな昔の雅な言葉とは違うような気がする。

今、鳥の亡骸などを拾ってくるのは、そこにさらし者に放置してはいけない気持ち、かわいそうという気持ちもあるのだけれど…
もしかしたら、自分をみているのかもしれないと思った。
それが自分の将来なのか…
自分の中の何かを、見せてはいけないという意味なのか…
考えてみても不明なのである。

だから、優しい良い人、というとは少し違うと自分では思う。
なんだろうな…
自分でもよくわからないのだった。f(^ー^;

ひとつだけ、気がついたことがあった…
それはたぶん、自分が救われたいのだ、ということかもしれない。
亡骸を拾うことで、自分もそうならないように、あるいは、そうしてくれる人が現れるように?…
やはりよくわからないけれど、何かから救われたい、罪悪感みたいなものを許してほしいのだろう、きっと
(2月18日加筆)


今は、簡単に埋めてやれる場所もないし、まさか、子供の頃のように、墓地に忍び入って、埋めてくるなんてことはできないだろう…
新聞でくるんで、お線香あげて、ゴミの日に出すことくらいしかできないのだ。
ならば、拾って来なければいいのに…
だけど、ただ、ただ、無性にそのままにしては帰って来られないのだ。

はーー、今日は何が書きたいやら…
上手に表現はできないけれど、心の整理に記しておこうと思う。

コメント欄は迷ったけど、開けておくことにします。。。。
無視して、くださっても、ぜんぜんかまわないので…
ただ、何かを感じたら、お言葉を私にくださいね。(*^_^*)




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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
こちらに書き込みさせて頂くのは、お久しぶりです。

自分が救われたいという思いによる行動かぁ〜なんか、グサッときました。あたしも救われたくて必死なんだけど…なかなか報われない。でも何かしてあげることで、ちょっと楽になった気がしたりして。さつきさん、辛いのですか[大丈夫ですか[悩みというか、なんか、尽きないものですよね〜…

でもでも言えるのは、鳥ちゃんの亡骸を拾って供養してあげることは、決して悪いことではありません。鳥ちゃん幸せだと思います。最期、お疲れって言ってくれる人が居て(^-^)
こん
2009/02/18 19:06
こんばんは♪
私も小さい頃、よく鳥の死骸をお友達と
近所の大きな木の下に埋めたことがあります。
うーん。。可哀想だったからなのかな。

今は子供達が飼っていた昆虫を
マンションの下の大きな木の下に埋めてあげています。

さつきさん、優しいね。
今も供養してあげているのね。
私は動物の死体、、見てみぬふりだなぁ。。反省です。
ちゃる
2009/02/18 21:52
私も数ヶ月前に亡骸になった鳥を近くの川で水葬してやりました。
その時の私は試されているような気がしました。
かわいそうという感情はなかった・・・

おーどりー
2009/02/20 10:00
☆こんさん、こんにちは(^^)

動物は人間みたいに百八つも煩悩がないそうだから、私が亡骸を拾った時はとうに、暖かい場所に行ってるとは思うけれど、それでも、その遠くから、こんなことする人間もいるのね〜、と思ってもらえたらいいのかもしれないね。f(^ー^;

おーどりーさんもコメントくださっているけれど、いつの時も「試されている」ことは確かな気がします。
どんな事柄についてもね。
心配してくれてありがとう。
時々はしんどい時もありますが、それなりにというか、自分なりに歩んでいければそれでいいんだな…と思うのです。
そして、それは、他人だけではなくて、「天の何か」もみているような気がするで、心してかからないといけないのかもしれません。。。なんてちょびっと哲学的に…でも頭脳が足りないので。笑
さつき
2009/02/20 12:36
☆ちゃるさん、こんにちは(^^)

子供の頃は、「遊び」といってはいけないのだけど、お墓を作ってあげることに熱中する時もありますよね。
当時、可哀想だから…と口には出していると思うけれど、本当のところは何を考えていたのかは不明ですけれど、子供心に何かを感じてしているのでしょうね。(^^)

今は子供さんが飼う昆虫を埋めてあげるのね。
友達もよく、そういう話をしてくれます。
そういうことは、案外大切なことかもしれないものね。
死んでしまって、可哀想というか、もう生きていない、ということを知る最初の入り口のような気がしますから。

私も状況に応じては、そのまま見て見ぬふりの時もありますよ。(^^ゞ
なるべくは、なんとかしたい!と思っているけれど。
さつき
2009/02/20 12:41
☆おーどりーさん、こんにちは(^^)

「試されている」という言葉、なんだか、とても理解できる気がします。
大人になってからは、そりゃあ、人間だから、まずはぎょっとして、可哀想とも少しは思って、でも、何とかしなくては…という部分に関していえば、試されているのだろうと思います。
そして、それをするから救ってくれ〜と、それは虫が良い話かもしれません。
ただ、そのまま放置してくることができない自分もいるし、それはそれでいいのですよね。(^^)
さつき
2009/02/20 12:46
うーん!
深いですね。。
すっごく深い。。
上手に感想は書けないけど、
なんか人間の本質的なもの
神秘的なもの。
心の奥にある本能的なもの。
子供の時の気持ち。
今の気持ち。
複雑にシンクロする世界観。
なんか気持ちが落ち着くような文章ですね。。
すててこ
2009/02/21 14:05
☆すててこさん、こんにちは(^^)

ありがとうございます、なんか、落ち着くと言っていただくとうれしい。(*^^*)
興味はあるけど、読んだことはない昔の古い書物の中に、ここに通じる何かが書かれているのかもしれない気が少しします。
昔の言葉遣いや言い回し、そんなものの方が当てはまりそうな感じ。。。かな。

きっとコメントのしようがないだろうと思ったり、気が優しいからよ、といってくださるだろうと思いましたが、すててこさんや皆さんから返ってくるコメントがまた深いです。
それも、とても不思議な気分ですが、またうれしくもあります。(^^)
きっと忙しすぎたら、考えていられない事柄のような気がしますが、今は運良く時間があるので、考えられる時には考えておくのもまた人生勉強かな…なんて。(^^ゞ
さつき
2009/02/21 14:41

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